(1)『イルヒ』とは?……『魏書東夷伝』と『隋書倭国伝』に記してあった阿毎彦命、高句麗の将軍“イルヒ”は、日本の島王だったのか?

『イルヒ』といういにしえの王様をご存じか?
最近知人との会話中、異言で出てきた言葉だ。

●『カラ族の文字でめざせ!』
高橋良典監修、ヒカルランド刊)

くらいにしか情報がない。

さて、本によると、垂仁天皇の妻日葉酢媛陵(奈良市山陵町)から
出土した鏡の写しの神代文字を読み解いてみると

この御陵は日葉酢媛の陵ではなく
『狭木之阿毎彦命イルヒ(せまきしあもひこのみこと)』
である事がわかったというのだから…ブッ飛ぶ★(@_@)

p.66に、
《彼は、“キミノトシ(203年)”に、その頃“日高見国”と呼ばれた
日本列島の東部を征服して、“オオヒコ”と呼ばれたというのだ。》

鏡には高句麗の大王(マハアクルラアマ)がイルヒを派遣したとあった。
また、p.67にはこうある。

《この鏡は後漢の滅亡後に魏と手を組んで、呉・高句麗・狗奴国と
戦った邪馬台国女王国連合が高句麗支配下に入ったと述べている。》

続きはまた。