ワタシは病院には行かない。その理由は…?
苦しむ父を放置された姿を見たせいか
医師も人間であり
治癒の可能性のない人間への関心が無くなるのは
仕方がないと感じるが、とはいえ医師には失望した。
にしても、それ以前から
医師や病院が私向きではないと実感していた。
若い時期、人間関係で巻き添えとなり
人間の欲望とエゴな裏側を見せられ
急激に心身を衰弱させてしまったのを
医師がどこも悪くないと診断した事があった。
予防のために調べたある栄養学の会での検査結果で
私のだるさに相応しい数値が出ていたから病院に行ったのに…。
たとえばどんな会社にも
ある部分無機質であり、ある部分アットホームな人間関係が
会社に存在する事で
日頃の歪みがちな人間関係のバランスを保ってる面がある。
それに社員の目的は会社の利益追求への奉仕。
そこでの人間関係ストレスは
究極『金の為だ』と割りきれる。
耐えられないなら、究極辞めればよい。(極論であるが)
だが、私的な人間関係における心理的なストレスは
時には個人の内面の深い部分まで関わっているため複雑である。
私が心身が衰弱した人間関係には
恋愛問題が絡んでいてより複雑だった。
つづく
医師も人間であり
治癒の可能性のない人間への関心が無くなるのは
仕方がないと感じるが、とはいえ医師には失望した。
にしても、それ以前から
医師や病院が私向きではないと実感していた。
若い時期、人間関係で巻き添えとなり
人間の欲望とエゴな裏側を見せられ
急激に心身を衰弱させてしまったのを
医師がどこも悪くないと診断した事があった。
予防のために調べたある栄養学の会での検査結果で
私のだるさに相応しい数値が出ていたから病院に行ったのに…。
たとえばどんな会社にも
ある部分無機質であり、ある部分アットホームな人間関係が
会社に存在する事で
日頃の歪みがちな人間関係のバランスを保ってる面がある。
それに社員の目的は会社の利益追求への奉仕。
そこでの人間関係ストレスは
究極『金の為だ』と割りきれる。
耐えられないなら、究極辞めればよい。(極論であるが)
だが、私的な人間関係における心理的なストレスは
時には個人の内面の深い部分まで関わっているため複雑である。
私が心身が衰弱した人間関係には
恋愛問題が絡んでいてより複雑だった。
つづく