(4)M市ストーカー殺人事件

このM市の事件が教えてくれたものは
外的に被害者を守るという事が
時には逆効果になるのだという事である。

ストーカー殺人事件が起きるたび、世間は
外的な守護の強化を張り巡らす事に視点が向きがちな気がした。

もちろん加害者を守るためには
周囲を鉄壁の防御で固めねばならない。

しかし、ストーカー殺人事件を本当に防ぐためには、

・ストーカーをする人間は、なぜストーカーをするのか

・なぜターゲットを殺さなければならないのか

その動機や
衝動の理由や経過について
目を向けるべきではなかっただろうか……

*****

最後に。

殺人に至らないとしても
ストーカーする人の心理については、見えている事もある。
それは、対象を何が何でも支配したい、コントロールしたい
という身勝手な欲望が
ストーカーのコアな部分だという事である。

支配したい欲望が強いストーカー達にとっては
ストーカー行為とは
ある種のクリエイティブな作業なのかもしれない。

自己の欲望を満たすためなら、ストーカー達は
どんな努力も惜しまない。
異常な集中力でターゲットに向かう。

彼らは、過去において、自分の満たされなかった領域
あるいは、傷付いた領域を埋めるために
好きなモノの情報で満たし、意味を探り執着する事で
欠損した自我を補完するのかもしれない。

ターゲットの人間の情報を知り、集め、調べ上げ、近付き、追いかける。
まるでゲームのように。

彼らは、ターゲットの周囲に徘徊し
人間関係を壊したりする因子ともなる事もあるだろう。

ストーカーはどんな人間であろうと
自己顕示欲を動機としない者や
支配欲を満たしたくない者は1人もいない。

実はこうしたストーカーについては
性の欲望、抑圧の面から説明できないこともない。
頭が悪いからワタシには出来ないだけだ(><)

すでにコリン・ウィルソンが大昔に書いていたような気がするけど……

現実感が解禁になりつつあるので、読書も出来そうだ。
いつか書けたら…


*****


思考力を失わせるような終末論や次元上昇論が
ネットに増えているとは思わないけれど

たまたま私は、今年でいえば約半年は、
確実に現実なのに、夢の中のような世界に
ある種のあの世的強制力を持って存在させられていた。

そこでは、私は異様な異次元体験をしていた。
現実と分けていたが、その夢時間が終わってから、
なかなか現実には意識が合わなかった。

2013年は間違いなく、何か意味のある年だったにちがいない。

私はいきなり異次元に呼ばれたのだから。
そこから離れる事が出来ず
様々なすりガラスの向こうの不鮮明な映像を見、
耳慣れない様々な音の聴き分けをしていた。
間違いないレベルのトランス的な経過で
霊的メッセージをいくつか受け取ったりもした。
愚かな私の波動も変化した。

大昔が高かったが、生きづらくて
一度か二度ガクンと下がったくらいで、ちょうど良かったのだが。

今度は、現実的な経過を通して戻ってゆく感じがある。

我々は、これから何をしてゆくのか?

私は人間の『思考力』について考えたい。
感覚的な領域が、ゆたかな思考を発展させてきた。

ユダヤ人が提唱した心理学は精神の神秘を見出し
解放されていったかもしれないが
人間の暴力性を解放するために利用もされたかもしれない。
そのあたりは、これから考えてみたい。

人間の自由な選択はあらゆる可能性に満ちているが
正しく明るい道を選びたい。

光を選び、闇を光に変えてゆくために、私は様々なテーマを紡ぐ。

魂は光であり、思考力は人間の浄化につながるだろう。

自分の言葉を紡いでゆきたいと思います。
たとえ不器用でも、自分の頭で考えます。
かなり馬鹿になってますが、頭の悪さが回復するといいなあ~(^O^)

え?

『昔と変わりませんよ』ってか?


わははは
サンクス
あ、ちがうか。


*****

人間の心の回復を祈って…



そして、被害者のS子さんの冥福を、心からお祈りします。

合掌