1980年代のNYの男性モデル 大河寛之「あの人は今?」

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「大河寛之」を知っている人は、出版関係の人、芸術愛好家、単に物好き、美しいものを好きな人を除くと、
20年以上前のニューヨークのお金に困らない夜の遊び人だったか、
芸術家のネットワークを持っていたか、時代の先端を追うアーティストか、
真にクールなゲイだったかだろうと想像してしまう。

私はたまった雑誌を捨てる時、気に入った記事は切り抜いて保存しておくのだけど、そのとき、何年何月のどいう雑誌かを書き込み忘れることが多い。

この大河寛之のグラビアの切り抜きも、いつごろのものか記載がない。
たぶん1980年代後半だろうと思う。

大河寛之は当時ニューヨークでモデルをしていた。19歳でアメリカに渡った。
美しい東洋の肉体と精神はニューヨークでは必要とされるも、東京では必要とされなかったようだ。
彼の記事を、私が見たのは一度だけだった。
ひどくそのハングリーで内気さと野心がないまぜになった目に惹かれたものの、詳しく調べるほどではなかった。

その後、彼を再び見たのは「モダンリビング」1993年9月号。
品川で都会的な暮らしを楽しむインテリア&空間デザイナー「ヒロネン」こと大河寛之とロネン・レビンの紹介だった。

「あ! あの人だ!」すぐピンときた。覚えていた自分にも驚いた。

大河寛之さんは、ロンドンで建築やデザインの勉強をしていたようだ。
ポケットマネーを捻出するために、フォークや欠けたボタンなどを使ったジュエリーデザインが話題を呼んだ。
のちにダイヤモンドなどを使った作品を手がけるようになっていったらしいが、
今はどうしてるんだろうか。
(今日、はじめて「大河寛之」で検索してみたけど、あまり出てこなかった)

切り抜きはときどき整理するために、蔵から出して、捨てるものと残すものを分ける。
「大河寛之」は残すことに決めた。

いつかまた、メディア登場してくる日もあるかもしれないからだ。

毛色の変わった、住む世界がちがう人種だと知りつつ、
「あの人は今、どうしてるんだろう?」
ふとそう思うことがある1人が彼だ。

日々、泡のように消える想い……今回のようなことこそ、
このブログの記事に相応しいのだと思える。