岡庸子「ダヴィンチ」と「禅のこころ」 あるいは、ナルシシズムと無常観

人間は成熟することを期待された動物である。
だけど、正しく成熟するって、どういうことなんだろうか?

映画ダヴィンチ・コードを見ましたか?
私が、最低の映画だと知人に酷評した映画です。
お金を返してほしいと思う映画だった☆ P(>m<;)q

そのあと、日本沈没見て、感動して自分を立て直したです。

さて。
ダヴィンチの「モナリザ」は自画像といわれているが、
日本で初めてそれを言いはじめたのは岡庸子さんである。
世界で最初かも。(どうかな?)←これは調べてみたい
この女性はTVのプロデュ-サーだった。
「厳冬の尼僧修行」水曜スペシャルだったっけ。(見た覚えが・・・)
そして、シャンソン歌手でもあった。

彼女はアメリカで、禅のこころという映像作品が
ニューヨーク国際映画祭で日本初の金賞を受賞している。

●人のぬくもりに涙がでる話  青春出版社 2002年02月

モナ・リザ―私が描かれた理由 出窓社

の著者でもある。

岡庸子さんについて

モナ・リザ―私が描かれた理由 出窓社
>1940年、大阪市生まれ。1982年、シャンソン歌手からテレビ番組
>プロデューサーに転身、以後、「モナ・リザは男だった?!」を
>はじめとして「世界名画の旅」「料理花伝」「厳冬の尼僧修行」
>「ピカソが描いた浮世絵」など、常に斬新なドキュメンタリー番組
>を企画制作する。1989年、映像作品「禅のこころ」がNY国際映像賞金賞を受賞。
>プロデューサー引退後は、講演・エッセイ執筆の傍ら、ライフ・
>ワークとなったレオナルド・ダ・ヴィンチの研究を続ける。


彼女の歌をいつか歌を聴きたいと思いながら今日まで来てしまった。
時々歌ってたそうだ。
最近は、太極拳を教えているとネットで知った。

離婚した理由を「ボタンのかけちがいのような結婚生活だったから」
とエッセイで書いていたのは、もうはるかな昔の事だ。
この人は素敵に成熟してるだろうな、と思える女性のひとりである。
どうしておられるのだろうか。


私は女性の内側から輝くべきものを、この人に見たことがある。
薄い化粧、すっきりした装い、シンプルで繊細なものの考え方、
発想の豊かさ、くるくる動く回転の速い頭。

私はハッとした。

その後、私はつまらない人生を生きてきた。

この世的価値観に縛られること

   意味のないおしゃべりに、うんざりすること

    不味いコーヒーを我慢して飲むこと

 格好つけのエリート意識の強い人への恋に殉じること

      淫らな教授への好奇心に
           心が燃えること

    ユニークな生き方をしていた人々への
       豊かな共感

    くだらない人間をリスペクトしていた
恥ずかしくて懐かしい時間


多情多恨で悩んだこともあるけれど、
どういう出会いが自分にふさわしいかを、ほんとうによく考えた。

それが“アタシのテーマ”だったんじゃないかと思ってたから。

昔衰弱したときに、「今はまだ死ねない・・」と思ったのは、人生に悔いがあるからだった。

どうでもいいことに足どめされて停滞することの無意味さを知る事。
それも“アタシの修行”

人生の意味が、平凡さの中から輝き出すとしたら、
過去を全肯定できた時だと思っている。

道元はマザコンだ。母親は絶世の美女。
ダヴィンチもマザコンだった。
後者はナルシストの典型でゲイ。