記憶の街、記憶の中の人々

最近、気持ちがどんどん変化している。
何かをするとき、やはり孤独は友達だとつくづく思う。

私は孤独が好きである。
中二の頃から、孤独とは友達だ。

日記に祖母の悪口を書いていた頃が懐かしい。
かつての身内は、ひとりまたひとりと、寿命を迎えて減ってゆく。

寿命。

確かに、みんな、年齢がある程度来てるから亡くなるんだけど、
病気ばかりだ。

長寿で亡くなるなら、病気でなく老衰がいいな。


ひとり、老衰のような、自分の希望通りの死に方をした人がいた。

誰にも迷惑をかけず死にたいと言っていた生前。

その通りになった。
すごくいい人で、無欲で、凛とした人。
今でいうキャリア・ウーマンだったが、
徳のある人だと思う。

私の身内は、平凡に生きて、平凡に人生を終えた人ばかりだ。

それがなぜか哀しく、嬉しい。

特に悪い人もいないし、特別な人物もいない。

なぜ、私は、自分がこれほど、人間の営みに、哀愁とか、哀しみを覚えるんだろうか。

できるなら、時を止めたい。

下町の雑雑した町並みと、おせっかいな人々。

今もある喫茶店
和菓子屋。
材木屋。
お好み焼き屋。
たばこ屋。

街は歩けば歩くほど、もう、この街に
自分の居場所はないと、痛いほど思い知る。

好きになれなかった街。
人々は他人の噂が大好きだ。
どれだけ無駄な時間を多くの人は過ごしてきたのか。

生きているだけで疲れる。

ずっと、私は降りてゆこう。

ひたすら、降りてゆこう。


そう思った。