「いい人」の肩にかかる重荷 清水由紀子さんの死に思う
妹さんがいた。
二人でお母さんを介護していたという。
二人でお母さんを介護していたという。
家を某市に購入。
喜んだ母親。
これからだという時に、母親が2006年10月、首を骨折、
介護は大変になった。
そして
その二年後の8月、また肋骨骨折。
清水さんの母親は、
食事も排泄も自分でできなくなった。
介護はますます大変になった。
喜んだ母親。
これからだという時に、母親が2006年10月、首を骨折、
介護は大変になった。
そして
その二年後の8月、また肋骨骨折。
清水さんの母親は、
食事も排泄も自分でできなくなった。
介護はますます大変になった。
そして、その八ヶ月後、
頑張り屋さんだった清水さんは、
父親のお墓の前で自ら命を絶つ。
車椅子の母親もいた。
母親は命をとりとめたというが、
いったいどんな状況だったのだろうか。
頑張り屋さんだった清水さんは、
父親のお墓の前で自ら命を絶つ。
車椅子の母親もいた。
母親は命をとりとめたというが、
いったいどんな状況だったのだろうか。
なんという悲劇だろう。
いい子。
アシュリーはいい子だった。
アシュリーはいい子だった。
いい子であっても、アシュリーの老化は
他人の十倍であることを逃れられない。
他人の十倍であることを逃れられない。
清水さんはどうか。
「いい人」だったかもしれないが、
他人に心を開くことはできていなかったかもしれない。
「いい人」だったかもしれないが、
他人に心を開くことはできていなかったかもしれない。
頑張り屋さんだからこそ、
最後まで引き受けようと決心していたんだろうと
思うからこそ、
最後まで引き受けようと決心していたんだろうと
思うからこそ、
だけど、
他人に心を開くなんて、私にはできそうにない。
他人に心を開くなんて、私にはできそうにない。
・・・・でもないか。
結構、言いたいこと言ってるみたいだし。
なんのかんのいいながら、
理解者はいるのかも。
なんのかんのいいながら、
理解者はいるのかも。
まあ・・・・
でも、友達からは
いい人だと言われてる。
いい人だと言われてる。
いい人、悪い人というのって微妙だな・・・・
自分に相手してくれりゃ、いい人というのもあるからね。
キャバ嬢のような対応を
職場の女性に求める社員がいた話も聞く。
自分の都合に合わない女性は、「悪い」女性になるんだろう。
職場の女性に求める社員がいた話も聞く。
自分の都合に合わない女性は、「悪い」女性になるんだろう。
清水さんは他人にとっては、思いやりのある、
いい人だったかもしれないけれど、
彼女自身にとっては、いい人ではなかったと思う。
いい人だったかもしれないけれど、
彼女自身にとっては、いい人ではなかったと思う。
もっと自分を大切にできなかったのだろうか。
自分が幸福でなければ、家族全員幸福ではありえないものだよと言いたい。
自分が幸福でなければ、家族全員幸福ではありえないものだよと言いたい。
もしかして
「私がいなければダメだわ」
とか、思っていたのかな。
「私がいなければダメだわ」
とか、思っていたのかな。
人は背負うべきものを背負えばいいのであって、
背負わなくてもいいものを背負う必要はないんだよ。
背負わなくてもいいものを背負う必要はないんだよ。
無理がある時、
背負いすぎてるか、
逃げてるか、
怠惰に流されているか、
なのかもしれない。
背負いすぎてるか、
逃げてるか、
怠惰に流されているか、
なのかもしれない。
他人の目にうつる自分のために生きるのはばかげている。
日常、それは尺度になるけれども。
日常が日常でいられない時まで、
尺度にする必要はない。
尺度にする必要はない。
でもそれが当たり前になってしまっていたとしたら・・・・
きっと、救いはないんだろう。
残念である。
きっと、救いはないんだろう。
残念である。
いざとなれば、パパッと裸になっちゃうけどな。
私なんて、簡単に。
私なんて、簡単に。
結構、このキャラが友達に笑われるわけだが(苦笑)
清水さんほど、プライドはなさそうだな、我ながら・・・・・
清水さんほど、プライドはなさそうだな、我ながら・・・・・
草ナギさんのように反抗して?捕まるほど泥酔もしないけど。
疲れたら、休もうネッ(^^♪
介護中の方にお茶だよーん
( ^^)_旦~