はじめての時、なぜ君は・・・ レッド&ブルーチェア

イメージ 1

「ねえ、どんな椅子が好き?」



恋人が君に尋ねる。
彼女は君の答えを待っている。


君は彼女と映画を観ている。
オードリー・へップバーン主演の「サブリナ」だ。

真鍮のベッドの横のコートポールにかけられた
君のダウンジャケットとウールのシャツ。

暖かな室内で、レースのカーテンが
換気のためにあけた三センチほどの掃き出し窓の隙間から
吹き込む風に揺れている。

「寒い? もう閉めようか」
そう言う恋人は、下着姿の透けるシルク。
君は目のやり場に困る。

さっきまで愛し合っていたのに、途中で
映画を観ようと言いだしたのは彼女だった。

会社内でマドンナだった恋人は、

君が粗野にふるまうには可憐で美しすぎた。

恋人ごっこのような付き合いだったが
結構気が合っていて、一緒にいて楽しい。

「初めての夜、君はーー」
「えっ?」
「いや、なんでもないんだ」

どうして泣いていたの?
そう聞きたかった。
ついさっきのことだ。

いつだったか、

昼間TVで見た東北のある居酒屋に
行ってみたいなと彼女が言うので,
君は次の日、クルマで彼女を連れていった。

帰ってすぐ山のような仕事に追われた君だったが
達成感と充実感に満たされていた。
彼女が喜んでくれたからだ。

散らかしっぱなしの君の社宅には、彼女のお気に入りの服が二着。


ラルフローレンの花柄ワンピースと
マリメッコのモノクロ・ボーダーワンピースは

彼女から誕生日のプレゼントにもらった
エストウッドのマフラーの横に掛けられていた。


はじめて愛し合った日は、代々木公園を散歩したあの日。

ユニクロジーンズの彼女はいつものスーツでなく
メガネもかけていない。
君はいつものスーツで、まるで仕事帰りのようだった。

救急車のサイレンが鳴って、どこかで事故が起きたことを、
ざわめきが教えてくれた。、
君はその時、彼女の表情が曇るのを見た。

「どうしたの?」
「ううん、なんでもない・・・」

君はすぐに近くのレストランに彼女を連れていき、訳を尋ねた。
青ざめた表情が、ハーブティー
少し気分が落ち着いたように見えたからだ。

「事故が怖いのよ・・・」
彼女は言った。

「事故を起こしたの。私が運転してて・・・それで、父と母が大怪我を」

そうだったのか、それで・・・
君は彼女を優しく無言で見つめる。

「事故を見ると、あの時のことを思い出してしまうのよ」

トラウマ・・・・
君はしばらく黙りこんでいた。

「ごめんね。せっかくのデートなのにね」
彼女が申し訳なさ気に言う。
君は唐突に言う。

「そうだ。僕の部屋にくる?」
ふとした思いつきだった。

「え・・・今から? 中野でしょ」
「ここからすぐさ。コンサートはまた次回にしようよ。よし! 決まった」

タクシーで向かって

着いてすぐだった。
君たちは愛し合った。
理由はわからない。

あれから三カ月。


あの日から、お互い会うどころか
連絡も取り合わないまま数日がすぎた。

君は少し不安だった。

性急すぎたか
彼女の弱みにつけこんでいなかったか
自分は優しくできていたか

頭の中はグルグル回るように、様々な不安が襲ってくる。

もう彼女とはおしまいかも・・・な。
だって、あれから一週間、なんの連絡もない。

十日目。

君はこう思う。

ああ、メンドクサイ女だ。
どう思っているんだ、僕のことを。いったい・・・
嫌いになったら嫌いで、連絡か、せめてメールをーー

そこに携帯の呼び出しメロディーが鳴った。

君はすぐ出た。
「もしもし!」

「・・・ごめんなさい」
「あ・・・うん、今なにしてるの」

「今? あなたと話してるじゃない」
「ああ、わかってるよ。そうじゃなくて・・・おい、どうしてたんだよ。連絡もしないで」
「ごめんなさい」
「うん・・・いいけど。・・・心配してたんだ」
「うん・・・ありがとう」

そして、その後、君たちはどうなったか。


次第に親密さを増してゆき、
週末は外食、日曜はお互いの部屋へ。
君は深く考えず、今という時間を享受していた。


今日は二人でツ○ヤへ行き、君はDVDを五枚借りた。


ラブ・ストーリーばかりだ。
いつもの君なら、もっと違うものを借りるだろう。

だが、「サブリナ」は君も好きな映画だった。
ローマの休日」も借りればよかったと君はふと思う。

君は彼女と寄り添いながら、画面を見ていた。

インテリア・コーディネーターの資格を持つ彼女は
「これ、はじめて観たわ」と言い
「すてきね。今見てもぜん古さを感じない内装だわ」

「このコート、君に似合うんじゃない?」
「あ、私も同じこと考えていたの。・・・ライナスの部屋もいいわね」
「でも椅子がちょっと不満だわ」

しばらくの間、君と彼女は映画に集中していた。

「ねえ!」

突然、彼女が振り向いて君に尋ねた。
冒頭の質問だ。

「あなたはどんな椅子が好き?」
「え? 椅子?」
「そう」

君は考える。
バルセロナ・チェア、セブンチェア、ザ・チェア、ワシリー、
マッキントッシュイームズヤコブセン、ネルソン、ウエグナー、

でも、本当に好きなのは・・・リートフェルトの・・・
でもあえて君は口にしない。

「なあに? 教えてくれないの?」
「うーん・・・」

君の目の前で、不服そうに君を見つめる彼女。
君は彼女に微笑する。

「意地悪なんだ・・・」
彼女はそう言いながら、微笑を君に返す。

「そういうわけじゃないよ。あ、ほら、サブリナが真実を知った場面だ」
「このあとどうなるの?」
「さあ・・・」

君の手は背後から彼女の両乳房を覆うだろう。
そして唇が重ねられ、この話もこれで終わるのだ。



(即興練習作)

****************

画像は

レッド&ブルーチェア  リートフェルト


実際の色彩はもっと鮮やかです。