行為 ヒュー・プレイサー (北山修訳)

この本を書いたことを数人の友達に話した。ていねいだが気のない返事がかえってきた。あとで本が出版される、と彼らに言えるはこびとなった。ほとんどだれもが、「君には感心するよ」という言い方をした。彼らが感心しているのは結果であって行為ではない。彼らが評価をくだす時、ぼくの過去の行動をふりかえってみる。ぼくの行為がその結果と結びついてはじめてみんなは納得する。しかし、ぼくの行為は今、行われているのだ。だから、結果を知ることはできない。ぼくが自分の行為に与える意味は、ぼくにとってのひとつの可能性でしかない。そしてこの意味はいつも、「ぼくは自分自身の一部分に反応しているだけで、全体に対してではない」というところに由来しているのだ。


「ぼく自身のノオト」P.19より


人文書院1979年刊