スピリチュアル系ブログの多さに関する雑考ですが

(続きの話題ではないけど)「星の時計のリデル」の時代は、日本はバブル真っ盛りだ。
今読むと、この漫画、20年前の雰囲気はよく出ていると思うし、古い感じはある。

たとえば、ヒューとウラジーミルが、あるサークルの集まりに加わっている
シーンがある。どういったサークルかは、二人にもわからない。

そこにいるのは、主婦、学生、学者、書店主、さまざまである。
コミック中のこの集まりは、今で言うと「スピリチュアル」なサークルということに
なるんだろうけど、メソッドもカリスマもない、ノーマルな市民サークルのようだ。

彼らの話題の中に出てくる、「内宇宙(インナースペース)」「瞑想」
「フィーリング」「アメリカの健康への信奉」「ジョガー(ジョギングする人)」
「右脳、左脳」「感性」「自然保護」ーーなどなどの言葉の意味は、たぶん、
当時と現在では受ける印象が違うと思う。(人によるだろうけど)
ジョギングが危険なこともあると、その後言われるようになり、脳の研究は
あれから進んだ。自然保護は、もう日常レベルで考える時代になっている。
義務のように。

(脳といえば、今日、夜日テレ?で、脳を失った少女の話を取り上げるようなので
要チェック。昔、ナショナルジオグラフィックで、「8才の男の子?の脳半分を切除」
記事を読んだけど、驚くことに、残りの脳はなくなった脳を補完しようとしたんだっけ。
すごいのです。脳って…)

さて、話は戻るけど、
ある意味恐いのは、今では、カルト的な内容が、日常のあちこちで
語られていることが、不思議でもなんでもない時代だということである。

ネット上で、不思議系?のブログだけみても、「スピリチュアル」「オーラ」
「ヒーリング」という言葉は躍りまくり、その数が多いのには、マジに驚いた。

こういった不思議なことは、もちろんすごく興味はあるワタシだけど、
(私も自分の不思議な体験を書こうと、不思議?日記とつけたので)
これほどオープンに、見えない世界を恐れずに語った時代が、かつてあったろうか。

(続く)