「ウエルカム・アボード 仕事場は豪華客船」集英社(2)

昨日の続きです。

●「ウエルカム・アボード 仕事場は豪華客船」増田和美 集英社1997年刊

著者は言う。

私にとってクルーズの仕事は、現実からの逃避だった

豪華客船に乗れるのは、ある意味選ばれたセレブである。
あるいは思いきって人生を変えたい、日常を忘れてしまいたい人々だ。

ゆったり海上を移動するゴージャスなホテルには、日々、
さまざまな人間模様が繰り広げられている。

実際の年齢より若く見える裕福なニコール(55歳)とたくましく朴訥な荷物置き場の責任者サイモン(52歳)は、それぞれ夫と妻がいる不倫カップ

ニコールは毎年、ワールドクルーズに参加していた。
船内で毎度浮き名を流すニコールに、仲間が止めるのも聞かず、
夢中になって快楽にのめりこんでゆくサイモン。

「もう離れて生きていくなんて考えられない。ニューヨークで一緒に暮らせたらどんなに素敵かしら」
英国での休暇のため、香港に下船する前日、ニコールは
サイモンの腕のなかで甘く囁いた。

1カ月の休暇から戻ったサイモンはニコールに熱っぽく語る。
「妻とはきっぱり別れてきた。家も彼女にやったよ。もう俺は自由だ。
船の仕事もこれが最後だ。これからは君のいう通り、いつでも一緒に
いられるよ」
ニコールはケロッとした顔で、こう答えた。
「何のこと? あなたと私が一緒に暮らせるわけがないでしょう。
自惚れるのもいいかげんにして。いい年をして大人げないこと」

それから五日間、ニューヨークまでの大西洋横断中、ニコールはサイモンを避けていた。
船がニューヨークに到着する前夜、サイモンは手首を切った。
ニコールは何ごともなかったかのように下船した。
一命を取り留めたものの、目は宙をさまよい、両手首を包帯に包み、心を失ったサイモンは、仕事も家族も家もすべてをなくしたのだ。

次の年、ニコールは同じワールド・クルーズに平然と参加していた。
気まぐれに次の獲物を探し、若さを取り戻すために。
(p.28-32 ニコールの気まぐれより)


この本は普通におもしろく読んだ。
船上では、人生が地上より、浮き彫りにされてしまうように思った。
まるで現実のようで、現実でない世界。
お金で買った時間をすごすうちに心を失ってゆく人、
お金で得た出会いを幸福に繋げる人、人生で見失ったものを再確認する人、
出会いに感動する人、絆を修復する人、幽霊になった人(?)さまざまだ。

船旅の魅力として、非日常性、時間の贅沢と何もしない贅沢、人間の真心の交流などがあげられるだろう。p.75

著者は横浜生まれで、船が好きだった。日本から呼んだ母と、
まだ生まれて2ヶ月のミモちゃんと3人で、2週間、
カリブ海クルーズの船旅に出かける。

ニューヨークで自殺したいほどの孤独に耐えながら、
著者はクルーズ・シップという非日常の逃げ場を見い出す。

やがてクルーズ・ディレクタ-、ピーターと出会い、スカウトされる
までの著者の気持ちが重苦しい抑圧から解放されてゆく経過の描写が美しい。