シルクロードの終着駅  謎の正倉院(3)

続きである。

仲麻呂の時代、秘宝の他に正倉院には武器や薬物の類いがあった。
それらの管理を自分だけが自由にできる権限を持つ事で、
政治的に自分の地位保全に利用した仲麻呂

道鏡東大寺の造営に力のあった良弁上人(ろうべん)の弟子で、
宮廷の寺院のようなものに出入りできた。
加持祈祷を行い、病気平癒をする「看病禅師」として。彼らは強壮な肉体を誇る。

身近にいてマッサージしたりもするらしい、。
世間知らず、無菌室育ちの考謙女帝はひとたまりもなかったにちがいない。
当時処女だったにしても、あまりに光明皇后が、立派な母親だったために、
言いなりだったんだろうか。かなりイイ子だったんだろうな。

結局、自分をはじめて(だろうか?)解放したのが、
性欲部分を受け止めてくれる男によってだったなんて…。

しかも、人の道を忘れ去ったような最悪の邪心を根っこに持つ男である。

道鏡は自らの呪術力に酔っていたにちがいない。
普通の家の出の自分が、一国の女帝に身も心もあずけられ、有頂天に
ならぬほうがおかしいくらいである。
考謙女帝に、同じ女性として同情する。
状況が同じなら、誰だって陥るかもしれない罠なのだから。

もしかして、考謙女帝は、一昨日(8/7(火)H木K子さんの番組で見た、
梅宮アンナさんみたいではなかったのかな?
昔の恋人HKのタチの悪さがよく理解できた。
彼をもっと真面目だと思っていた人は多いだろう。
アンナ、馬鹿だよ。愛のないセリフに引っかかるなんて……。

僕を天皇にできないの? 僕を好きならできるはずだよ

もしも道鏡が↑こう言ってたなら、希代のワルだな(笑)。
でも、道鏡も昔はストイックな修行者だったようだのに。
(2人して落ちていったのかもしれない)

仲麻呂は、本当にレベルの低い者に負けたんだな、という印象が残る。
セクシー修験者に型式仏教が負けたかのような印象だ。
これが歴史というものなのかもしれない。
やがて道鏡の野望も挫折するのだから。

仲麻呂斬首のあとは、正倉院への扱いは、それまでの政治的なものから、
儀式の飾り的なものへと役目を変えたという、このへんも興味深い。
仲麻呂だったからこそ、正倉院に意味を持たせる事ができたのだろう。

正倉院シルクロードの終着駅といわれるのかな。
品種はさまざまではあるようだけど。(詳しくは宮内庁HP正倉院で)

秘宝を守ったのは、千年越えた柔軟性を失った校倉というよりは、唐櫃だそうだ。