人生の黄昏 記憶への郷愁 「日の名残り」カズオ・イシグロ作 中央公論社 1990年刊 前編

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日本語に翻訳されたものしか知らないけれど、私がよく物語のお手本にするのは

カズオ・イシグロの「日の名残り」である。

これは英国人(1983年帰化した)である著者が、1989年ブッカー賞を受賞した小説である。

これは、私のストーリーつくりの基本となる要素がほぼ入っていて、とても参考になる。
この小説や、あと遠藤周作などの小説をベースにして、イメージを培養することか結構あった。
といっても、結果は似ても似つかない小説が出来上がるのだけど。

結末近くに、
主人公が、夕暮れの桟橋から様々なものを眺める場面が出てくるが、

これは

主人公が過去を振り返っている意味が含まれているように思う。

潜在的に読者はそう読み取ってくれると知っていて、作者は仕掛けていると思う。

物語は、執事が新しい主人に仕える際に、昔の使用人を訪れることになるが、
その使用人のひとりが、かつて好きだった女性であり、
生真面目な執事は、ついに彼女に正直になれないまま別れるが、
その過去の失敗と、彼が、再び出会うことになる旅に出るというものだ。

恋の挫折に、後悔、旅、過去を振り返る、

そこで彼は、自分のしたことが、はたして後悔すべきものであったのか、
それともそうではなかったのかを振り返る。

そして、

成長する。


すでに初老の主人公に「成長」という言い方は
奇妙かもしれないが、ほかに言葉が見つからない。

──物語の要素が、見事にすべて収まっている。


ラストは、堅苦しいほど実直で仕事には完ぺきな執事の主人公は、
ジョークのひとつも言えなかったばかりか、不合理だとさえ思っていた、
なのに、ジョークの味わいを理解し、受け入れるようになるのだった。

これが、この小説の重要なテーマとなっていると思う。


恋愛小説の要素もあるけれど、恋愛小説ではない。
しかし、うまくできている小説である。

ふとゲーテの「若きウェルテルの悩み」が思い浮かんだけど、
よくできている小説だからだろう。
初恋、許されぬ恋、欺瞞に満ちた社会への青年らしい挫折感、再生への願いと挫折、そして自ら破滅する。
いやー、物語としてスキがない。

あと「ファニーヒル」も頭に浮かんだ。これもよくできた小説である。
単なる俗っぽいエロ小説だけど、昔よく売れたロマンス小説より迫力がある。

よくできている

という意味が、まったく違うけれど(笑)

よくできている物語は、作家がそうとうな情念を持っているように思う。
思い入れと言い換えてもいいかもしれない。

作者イシグロには、アイデンティティの問題があった。

日本語をほとんど話せない自分が、日本人なのか、英国人なのかという・・・・

情念ばかりがよい小説を生み出すばかりでもないのだ。
ノスタルジーや喪失への怖れも創作のもととなるのだ。

つづく

(画像と本文は無関係です。画像は横浜開港記念会館)